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知覧特攻平和会館~遺書~

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特攻隊の有名な写真です。仔犬を抱く17歳の少年、荒木伍長と特攻をともにする仲間です。
 
そして、この写真は、特攻出撃2時間前の写真です。しかしその後、予定変更になり翌日の出撃となりました。しかし、この時点では2時間後には出撃を控えていたのです。

※右の少年。荒木君に肩を乗せている袖を見てください。軍服の袖があまり、サイズが合っていないのです。昔は大中小しかなく、小を着てもなお、袖が余ってしまうくらい、まだまだ子供の体系だったのです。

特攻隊員は自分の死ぬ時間までわかっていました。

飛び立つ前に皆が言い合った「靖国で会おう!靖国で待っている!」
日本に靖国があって良かったと思いました。

資料館の手紙の一部を掲載します。
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最后の便り致します
其後御元気の事と思ひます
幸雄も栄ある任務をおび
本日出発致します。
必ず大戦果を挙げます
桜咲く九段(靖国神社)で会う日を待って居ります
どうぞ御身体を大切に
弟達及隣組の皆様にも宜敷く さようなら
陸軍伍長 荒木幸雄
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『大石伍長の遺書』
〈なつかしい静ちやん!
おわかれの時がきました。兄ちやんはいよいよ出げきします。この手紙がとどくころは、沖なはの海に散つてゐます。思ひがけない父、母の死で、幼ない静ちやんを一人のこしていくのは、とてもかなしいのですが、ゆるして下さい。
兄ちやんのかたみとして静ちやんの名であづけてゐたいうびん(郵便)通帳とハンコ、これは静ちやんが女学校に上るときにつかつて下さい。時計と軍刀も送ります。これも木下のをぢさんにたのんで、売つてお金にかへなさい。兄ちやんのかたみなどより、これからの静ちやんの人生のはうが大じなのです。
もうプロペラがまはつてゐます。さあ、出げきです。では兄ちやんは征きます。泣くなよ静ちやん。がんばれ!〉
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穴沢利夫 少尉
「婚約者への遺言」

二人で力を合わせてつとめてきたがついに実を結ばずに終わった。

希望を持ちながらも心の一隅であんなにも恐れていたのだ。 時期を失する といふ事が実現してしまったのである。

去年十日、楽しみの日を胸に描きながら池袋の駅で別れたが、帰隊直後、我が隊を直接取り巻く状況は急転した。発信は当分禁止された。転々と所を変えつつ多忙の毎日を送った。そして今、晴の出撃の日を迎えたのである。

便りを書き度い、書く事はうんとある。

然し、そのどれもが今迄のあなたの厚情に御礼を言う言葉以外の何物でもないことを知る。あなたのご両親、兄様、姉様、妹様、弟様、みんないい人でした。至らぬ自分にかけて下さったご親切、全く月並みの御礼の言葉では済み切れぬけれど、「ありがとうございました」と最後の純一なる心底から言っておきます。

今は従に過去に於ける長い交際のあとをたどりたくない。問題は今後にあるのだから。常に正しい判断をあなたの頭脳は与えて進ませてくれる事を信じる。しかし、それとは別個に婚約をしてあった男性として、散ってゆく男子として、女性であるあなたに少し言って征きたい。

「あなたの幸せを望ふ以外に何物もない」 「従らに過去の少義に拘るなかれ。あなたは過去に生きるのではない」 「勇気をもって過去を忘れ、将来に新活面を見出すこと」「あなたは今後の一時々々の現実の中に生きるのだ、穴沢は現実の世界にはもう存在しない」

極めて抽象的にながれたかも知れぬが、将来に生起する具体的な場面場面に活かしてくれる様、自分勝手な一方的な言葉ではないつもりである。純客観的な立場に立って言うのである。今更何を言うかと自分でも考えるが、ちょっぴり欲を言ってみたい。

1、読みたい本「万葉」「句集」「道程」「一点鐘」「故郷」

2、観たい画「ラファエル 聖母子像」「芳崖 非母観音」

3、智恵子。会いたい。話したい、無性に。

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富澤幸光 中尉

北海道出身 北海道第二師範学校卒 海軍第十三期飛行科予備学生 神風特別攻撃隊第十九金剛隊 昭和20年1月6日、爆装零戦に搭乗し比島マバラカット基地を出撃、リンガエン湾にて戦死 23歳  (引用:「英霊の言乃葉(2)」)

お父上様 お母上様

ますます御達者でお暮らしのことと存じます。幸光は闘魂いよいよ元気旺盛でまた出撃します。

お正月もきました。 幸光は靖國で二十四歳を迎へることにしました。 靖國神社の餅は大きいですからね。

父様、母様は日本一の父様、母様であることを信じます。お正月になつたら軍服の前にたくさん御馳走をあげて下さい。雑煮餅が一番好きです。ストーブを囲んで幸光の思ひ出話をするのも間近かでせう。

靖國神社では、また甲板士官でもして大いに張り切る心算です。母上様、幸光の戦死の報を知つても決して泣いてはなりません。靖國で待つてゐます。 きっと来て下さるでせうね。

本日、恩賜のお酒をいただき感激の極みです。敵がすぐ前に来ました。 私がやらねば、父様、母様が死んでしまう。否、日本国が大変なことになる。 幸光は誰にも負けずきつとやります。 

母上様の写真は幸光の背中に背負ってゐます。母上様も幸光と共に御奉公だよ、いつでも側にいるよ、と言って下さつてゐます。心強いかぎりです。
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会館入り口にある絵です。
喉が絞めつけられる現実を見た来館者は、この絵によって心が救われます。
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Commented by CARRERA at 2015-12-10 19:35 x
知覧か~・辛

あんたのような 若い子が増えると いいね。
Commented by seijitsuchan at 2015-12-10 20:50
CARRERAさん、やっぱり何度見ても苦しい。

同世代の皆に見て欲しいです。
Commented by lococo16 at 2015-12-10 22:00
私くらいの世代でも、こういった事実を知らない人は大勢いるんだよね。
特攻隊として出撃した勇士たちも、その家族たちも、知人たちも・・・・・・
当時どんな気持ちでいたのかね。それを思うと心が締め付けられるね。
この子たちは、この絵のごとく、必ずや、天に導かれていると思うよ。
Commented by seijitsuchan at 2015-12-10 22:08
lococoちゃん、そーだね。

魂は生まれ変わっているか、一緒に働いてくれているかどちらかでしょう(*^_^*)!!
良かった。
Commented by k56700 at 2015-12-11 08:10
ゆりがおかです ご無沙汰しています 特攻の話で聞いてただけでも、涙が込み上げて来ます  2時間前の表情凄いですね〜 汚れの無い笑顔で居られるなんて、自分に置き換えても難しいでしょう 私は舞鶴の近くで、すんでいまして、5歳ながらも連日の爆撃で、逃げ回りましたが、不思議に怖いと思った事がありませんでした。 一度は逃げた防空壕に爆弾が落ちて 何人かが無くなった事も鮮明に覚えていながら恐怖を覚えなかったのは、戦争という凄まじさが、考える余裕と、5歳の子共だったせいでしょうね、年を重ねて自分の家族の問題と重ねて見ると、戦争は絶対いけません 靖国に爆発物仕掛けた某国のなさけなさ まさにテロですね 
Commented by seijitsuchan at 2015-12-11 18:22
ゆりがおかさん
戦争経験者でしたか。
私達には想像を絶する現実を体験してしまったのですね。

なんだか、とても心が重いです。

大切なコメント、ありがとうございます。


by seijitsuchan | 2015-12-10 17:20 | Comments(6)

なりたいものがあるなら、順序を踏んで前へ進め♪ 飯島佐江子        サエコは元気♪


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